植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」 第46回 「安藤忠雄展―挑戦―」 2017年12月04日 |
「安藤忠雄展―挑戦―」 会期:2017年9月27日―12月18日 会場:国立新美術館 東京・六本木の国立新美術館での開館10周年記念「安藤忠雄展―挑戦―」(12月18日まで)が盛況で、すでに見に行かれた方も多いだろう。全貌をとりまとめて報告するかわりに、気がついた展示を3点だけ選んで案内します。 その1。全体は6つのセクションに分けられている。セクション1の「原点/住まい」はタイトルどおりで、奥行きのある、通路状の展示室の左壁面には、安藤住宅それぞれの名称とあわせて小さな写真が年代順に貼られている。注目したのはそれが(おそらく)「全」住宅であることだ。作品集ならまだしも、展覧会場でこのような一覧リストを見られる壁面はあまり例がない。その対向、右手の長い長い壁とカウンターには、そこから選ばれた住宅24、5点の、ドローイングや一般図(平・断・立面図など)、模型などが、さらにくわしい説明として並んでいる。 安藤の住宅といえばまず「住吉の長屋―東邸」が挙がるだろう。次いで小篠邸、城戸崎邸あたりが代表作で、あとは「六甲」の集合住宅になり、それ以外はそれぞれの好みということになりがちだ。このように代表作の寡占化がすすみ、イメージがやや固定してしまっている住宅群のなかからさらには何を選ぶか。その関心に見事に応えつつ、住まいは原点だと再定義する。 たとえば選ばれたなかに「ガラスブロックの家―石原邸」がある。3階分の高いコンクリート壁で四方を囲われたその中庭を、ガラスブロックが1面は切り立った垂直に、2面は逆ピラミッド状に、囲いこんでいる。写真を見ただけでは造形意欲が強すぎて住むにはちょっとキツいような印象を受けるがとても快適につくられていると、実際に訪ねたときに思った。そうした体験を手がかりにひとつひとつを読み解いていくと、彼の住宅がよく分かる(安藤忠雄『家』のなかの「住宅資料1971−96」を参照)。そこにとくに原点としての発想の核をもつ作品と、その自由な展開としての多様性が見える作品とが重層的にある。それぞれに良い住宅なのだ。そんなかたちでセクション1の展示が構成されている。 その2。セクション2は「光」。教会の作品が集められた展示室だが、その途中に館外への出入り口があり、そこに話題の「光の教会」が再現されている。原寸大のモックアップである。 大阪・茨木市にあるこの教会は劇的な写真で紹介されていることが多い。正面の壁全面を切り裂く十字型の開口部を通ってくる光やそこに向かってゆるやかに降りてゆく木の床面(粗削りの足場材を活用)が美しい。それでも実際にその場に立ってみなければ分からない。そう思わざるをえない建築である。あまりの単純さゆえの感動はメディアでは伝えようがない。というより、違う単純さになってしまう。 安藤は以前にもモックアップ的展示を試みている。東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間で「住吉の長屋」を、そっくり入れることはできなかったが肝心なところは外すことなく、すなわち原寸を拾い繋げることで、この重要作品のエッセンスを感取できるような展示になっていた。展示場本来の壁面と、そこに挿入された住宅とが一体となり、あたかも土のなかに埋まっていた遺構の発掘現場に似た迫力に満ちていた。展示場の物理的限界(サイズだけでなく重量も)が逆に効を奏したのである。 すでに実物としての建築ができあがっていてそこに人が住み使っているものを、印刷・映像メディアなどより直截に伝えるために行なうモックアップは新しい手法であり事例も少ない。ふつうは大きなビルなどでデザインや収まりを確認するために壁面の一部を実際につくり、設計・施工関係者がチェックするものであり外部に公示されることはあまりない。新宿の新都庁舎建設の際には当然モックアップで検討された。それまでにない外装だという思いとともに記憶に残っている。 さらに時代を遡り、海外を見ると強い印象を受けた事例がある。1912年、ミース・ファン・デル・ローエがクレラー=ミュラーのために設計した大邸宅は、木材と帆布で組み、仕上げもミースが想定した色で塗られた丸ごとの実物大模型がつくられている。実現していたら素晴らしかっただろう。美しい林を背にして草原に広がる姿を撮影した写真もある。だが実現には至らなかった。いろいろな事情によるが、私には前以て実物大の虚像を見てしまうと実像としての建築にたいする熱情が衰えるのではないかとも感じられたのだった。 今度の展覧会で美術館の裏手に再現された「光の教会」は、大阪・茨城での建築体験を来場の人々に伝えるためには、写真や映像では追っつかない、そんな意図によるものだろう。実際、この特異な展示を訪れてどのように感じるかはひとそれぞれのはずだから行ってみてくださいという他ない。私自身は、よく再現されているという以上に、その空間の把えどころのないはかなさに衝撃を受けた。あまりにも何もない箱状空間。そこに斜めに1枚の壁が、図面を見なければ気がつかないほど何気なく入りこんでいるだけ。安藤がこの構想を練っているときはもちろん実物大模型もなければ、空間構想の決め手のひとつであるベンチ(今回展でもごく一部に置かれているだけ)もなかったはずだ。そのような把えどころのないはかなさの段階で実施に踏み切った安藤の建築の読みに今更ながら驚いたのだ。建築家の知られざる力、実現する以前の建築を把握する力を想像できるのが、すなわち今回展の最大の魅力である。 その3。展示の設立・仕上げと並行してつくられた真赤なハードカバーの図録は、適切な解説あり、カラー写真満載の、臨場感あふれる作品集になっている。ただ他の美術展も同じだが、展覧会のオープニングと図録の完成が同時になるために、例えば「原点/住まい」での全作品一覧やそこからの模型や図面によるピックアップも、「光の教会」の再現も、この図録には反映されていない。建築は往々にして、唯一無二の実現された第1の建築、ドローイング、設計図面、模型、写真に記録された第2の建築、それらを多角的に取り込み、さらに現場で手を加えることもある、展示された第3の建築。それぞれの顔を持つ。 安藤さん、この第3の建築の記録づくりもぜひ考えてください。12月18日最終日まで私ももう一度行くつもり。まだ見落としていたものがあるのを思い出した。 (2017年11月24日 うえだまこと) 左)安藤忠雄《住吉の長屋》、右)安藤忠雄《光の教会》 こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから ※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。 『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』 2017年11月 日経アーキテクチュア(編) B5判、352ページ 価格:2,700円(税別) *送料:250円 亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。 ときの忘れもので扱っています。 国立新美術館で開催中の「安藤忠雄展―挑戦―」が残り一ヶ月を切りました(12月18日[月]まで)。番頭おだちのオープニング・レポートはコチラを、光嶋裕介さんのエッセイ「安藤忠雄展を見て」と合わせてお読みください。 ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。 ■植田実 Makoto UYEDA 1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。 「植田実のエッセイ」バックナンバー 植田実のページへ |
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