植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」 第35回 「PRAXIS スタジオ・ムンバイ展」 2012年8月2日 |
「PRAXIS スタジオ・ムンバイ展」
会期:2012年7月12日(木)―9月22日(土) 会場:TOTOギャラリー・間 作品展示室というより建築事務所のなかに足を踏み入れた気分である。そこでは設計が行なわれているだけではない。床には煉瓦、タイル、石などが並べられ、さまざまな木組みやルーバーなどの原寸大の試作、何段階ものスケールのスタディ模型、道具類、ノート、壁には街の光景と自分たちがつくる建築の記録とが混然一体となった無数の写真がびっしりと貼りめぐらされている。 スタジオ・ムンバイの主宰、ビジョイ・ジェインは1965年ムンバイ生まれ。アメリカやイギリスで建築を学び、実務経験を経たのちインドに戻り、独自の建築思想を体現するスタジオを開設した。コンセプトと設計と施工とのあいだを絶えず往復しながら、混沌の表現に陥ることも、組織のルーティン化に流されることもなく、これこそアーキテクト本来のつくり方だと思わせる建築がさいごに突出する。その過程が体感として迫ってくる会場である。手触りの空間なのだ。写真や図面より、また模型よりなにより、モノそのものがごろごろしている。 その密実な展示を実現させるために、予めスタジオ・ムンバイのなかにギャラリー・間の原寸の空間をつくりスタディを重ねたらしい。いいかえれば仕事の現場を彷彿させる乃木坂の会場はじつはかなりコンパクトに凝縮されたものであり、その理解から逆に現実のスタジオ・ムンバイの、木々に囲まれて屋内外が交叉した、設計ゾーンと木工所と石工場と倉庫と、スタッフの作業の場と交歓の場がそのままひとつの街になっている世界を容易に想像させる。そんな仕掛けの展示なのである。 こうした展示は、ギャラリー・間の開設以来一貫した特性でもある。建築展とは建築そのものを会場には持ち込めない展示である。それを何によって伝えるのかが課題になるが、その伝達手段と表現を当の建築家に徹底して考えてもらう。その1点に絞るのがギャラ間の方針なのだと思う。その解答によって建築家の資質が問われる。それを見る建築展である。スペースが限られているから、模型をたくさん並べたり格好いい写真を大きく引き伸ばして見せたりする余裕もないのがかえって幸いして、建築家は自分の仕事を素材としてまったく新らたに伝達の建築を設計しなければならない。毎回の企画はそうした建築家同士の頭脳戦であり、私たちはそれを楽しみ、また建築を思考することの底知れないおもしろさを、図録や作品集から学ぶ以上に、限られた期間の展示空間から教えられるのである。たとえば前回の「伊丹潤展」(2012年4月17日―6月2日)は、彼は昨年6月に急逝したために、遺された人々の工夫によるささやかな回顧展になったが、そこで初めて見た、初期から晩年に至る作品から選ばれたいくつかの模型は、彼の作品集はそれまで3,4冊は刊行されていたにもかかわらず(私もその1冊に一応伊丹潤論を寄せていたにもかかわらず)、この建築家の本質を一瞬にして伝えてくれたのだった。 ギャラリー・間は長年そういう活動を維持してきた建築専門ギャラリーである。 で、スタジオ・ムンバイ展に戻って、その展示の見事さには満腔の共感をもったとしたうえで、実現した建築作品に言及しなければならない。自分たちの手で建築構成材からつくってしまうようなプロセスを経ながら出来た姿は、あえて言えば、モダニズムの建築である。土着とか土地性とかの威を借りることのない毅然としたモダン・スタイル。なぜかルドルフ・シンドラーを前史とする、ロサンゼルスの一連の「ケース・スタディ・ハウス」を連想させるところがあるのだが、その風土のなかにある開放性とはまるで違う印象であり、大きな開口部のスクリーンとして農業用ネットを用いたり、外壁のほぼ全面を木製の細い格子で覆ってしまうなどの大胆さだが、それはインドの風土にどう対応しているのか、見るほどに緊張感が高まってゆく。ロサンゼルスのカラッとした空気に比べて、私はムンバイにもいやインドにも行ったことがないのだが写真を見るかぎりしっとりと重い空気が、彼等のつくった建築を包んでいる。ドライ・モダンとウェット・モダンの対比とも言えようか。それはいいかえれば、両者とも一見モダン・スタイルでありながら抽象性をまったく感じさせない、モノの集積・組織化による建築がそれに劣らぬモノとしての自然に対峙している姿を見ることの強烈な現実感に他ならない。それは土地への理解なり建築の設計なりが抽象度を増すに比例してスタイルの権力が強まることを逆に教えてくれる。わが日本の建築風土をそのように対象化して見直さざるを得なくなるほどだ。 会場を入ってすぐ右手の壁一面に貼られた写真、図録では巻頭の「インスピレーション」と題して集められた写真がまた圧倒的だ。インド国内でスタジオ・ムンバイの人々が出会った「制約のある環境下で空間を機能させるという必要から生まれた、ある特色をもった空間」の数々で、「蚊張の集落」「コラージュ・ハウジング」「沈める寺」「曲がり角の寺」「サリー・ビルディング」「洗濯場」「生地屋」等々とタイトルも魅力的だが写真そのものはもっと凄い。そこでは風土とか自然といったフレームを超えた人の営為こそがインドをインドたらしめている。「インスピレーション」というのはそうした光景から何らかのヒントを得るのではなく、むしろ自分たちの建築作業をタブラ・ラサの状態に還元し、環境という「モノ」をさらに強固に変えるイマジネーションの源泉を指しているのだと知った。 (2012.7.24 うえだ まこと) ■植田実 Makoto UYEDA 1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。 「植田実のエッセイ」バックナンバー 植田実のページへ |
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