杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第62回 2021年05月10日 |
テクスチャーについて
スキーシーズンも終わり、4月も末に近づくにつれて、ようやく暖かくなってきました。 日中の気温が15度以上の日々が増え、強い日差しのせいもあって、半袖で外にいる人さえ見かけます。 スイスでは4月19日からようやく、レストランやカフェの屋外での営業(室内は未だ禁止)が再開されました。ここぞとばかりにテラス席が増え、街に活気が溢れてきているのが目に見えてわかります。スポーツ施設もオープンになり、外でバスケットボールをしたり、マスク着用ですがインドアクライミングにも行けるようになってきました。久々に体を動かすことで現れた筋肉痛も、どこか懐かしさすら感じます。 とはいえ、暖かくなってきたからといって、ワクチン接種が広まってきたからといって、まだまだ気を抜いて良い状況ではありません。カフェの室内でゆっくりと本を読みながら、また友人とお茶ができる日を楽しみにしています。 話は変わりますが、先日、関東学院大学の建築、環境学部で行われているAfterschoolという枠組みで、2時間弱のレクチャーをしました。与えられたテーマ「マテリアル」に沿って、これまでズントー事務所で学んできたことをベースにした簡単なトークです。 「素材の戯れ」と題しておこなったそのレクチャーの一部を、ここで少し振り返ってみようと思います。 一言に「素材」といっても範囲が広いので、ここではテクスチャーについての話を紹介します。 * * * まず、この図を見てください。 これを見て、どこかの島の地図みたいだと思うかもしれない。これを新しい建築の平面図だ。なんて思ったら、今日は気分転換をして建築から離れてみるのもいいかもしれません。笑 これは、マテリアル(物体)のいろいろな表面を示した図です。 すべすべしたところもあれば、ざらざらしたところもある。硬そうなところや、反対に柔らかく脆そうな箇所もあります。 少しの間、この画面から目を離して自分の身の回りにあるものを見つめてみると、そこには色があり、形があって機能がある。カタチやパターンは時として、文化的な意味を持っていることもあります。つまり、この模様は〇〇を表し、かつて〇〇として使われていた。など。 ざらざら、つるつるといった表面の様子をテクスチャーと呼ぶことにします。そのテクスチャーから簡単な連想をしてみます。 つるつる、でこぼことしたテクスチャーのあるものは一枚岩的(monolithic)な印象を与え、ある程度の重量があるように思われます。 かちかちとしたものはどちらかと言えば人工的なものとして映ります。それは、自然にあるものの多くが、風化のためにくっきりとしたカタチを留めていることが少ないからでしょうか? シャープなエッジの効いたものは硬さの象徴です。 小さな凹凸があったり、ざらざらとした粗いテクスチャーを見ると、外部らしさを感じます。自然にあるものの多くがそうしたテクスチャーを有しているからかもしれません。 そして、ぼろぼろとしたものからは、脆さや柔らかさがみて取れます。 次は光とテクスチャーの関係を少しだけ見てみましょう。 つるつるしたものは、光が強く反射して白っぽく見えたり、さらにはその外形自体が消えてしまったかのように見えることがあります。 対照的に、エッジの効いた物体に光が差すと、光の当たった部分と影の部分がくっきりと分かれ、カタチが強く現れます。 一方で、ざらざらとした表面に光が当たると、全体のカタチそのものよりも、その細かいテクスチャーが際立ちます。 概して、つるつるしたものの方が光の反射によって明るく(白く)見え、ざらざらしたものの方が、影によって暗く(黒く)見える傾向にあります。 少し別の角度から考えてみます。 室内では僕たちの身体に近いところにあるものほど、表面が滑らかなものが多いのに気づきます。裸足でも歩けるようにフローリング床はつるつるしているし、手に触れるドアノブや椅子の表面は滑らかです。 そして、滑らかなものほど水分を弾きやすく、結果的に汚れが残りにくくメンテナンス、掃除しやすい。無垢のままの木材は汚れや痕がつき易いけれど、ワックスやオイル、ラッカーを塗って表面を滑らかにすると痕が残りにくくなります。 こうした滑らかさは表面の密度の大きさに関係しています。密度が大きければ大きいほど、水分は浸透していかない。逆に密度の小さなものはには、すぐに染み込んでいきます。 ざらざらとしたものは外構でよく見かけます。テラスの床に使われている木材や、エントランス付近の石の舗装の表面はざらざらしていて、水分が溜まりにくく、雨の日に濡れても滑りにくくなっています。 少し例を挙げて見ていきましょう。これはクリスチャン・ケレツ他が設計したリヒテンシュタイン美術館です。 黒っぽい石と黒いピグメントを混ぜたコンクリートでできています。一旦コンクリートを打設し終わった後に、一ヶ月ほどかけてファサード表面を8mmやすり、つるつるとした滑らかな表面を作り上げています。 写真にあるように、光の当たり具合によっては、、黒い存在感のある美術館の外形が消えかかっています。つるつるしたものの、わかりやすい例です。 これはピーターズントーのコロンバ美術館です。この建物のために特注されたレンガが室外、室内に用いられています。少しだけざらざらとしたこの内外を横断するレンガによって、室内と室外が一体的であるような、室内が外部であるような感覚が呼び起こされます。 続いて紹介するのは、ブルーダークラウスチャペルです。非常にざらざらとしたテクスチャーが版築によって現れている。内部ではさらに荒々しいテクスチャーが丸太を型枠にした工法によって現れていて、この素材の素朴さが、祈りの空間、チャペルとしての純粋さをさらに強調しています。 最後に紹介するのは、木造アトリエ。外装に使われているカラマツ材は竣工当時、褐色をしていましたが、経年変化によって日陰の面はグレーになっています。木材は痩せて、木目が浮かび上がってきているのがわかります。時間によってテクスチャーの表情だけでなく、色さえも変化していきます。 こうしてテクスチャーに注目してみると、光や色、機能、そして効果に至るまで広いヴァリエーションがあります。普段とは少し違った視点でものを眺めてみると、新しい発見があり、想像が湧いてくるかもしれません。 * * * ここ一年で、スカイプやズームを使ってレクチャーをしたり、エスキースをしたりすることが当たり前になってきました。住む拠点は1カ所でも、働く拠点は世界中数カ所という時代です。 僕自身、今回のミニレクチャーのように、日本でも何かできればと思っています。 (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、 にて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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