杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第33回 2018年12月10日 |
建築をつくること
≪建築を学ぶこと≫ スイスの教育システムは日本のそれとは異なり、大学進学を前提とした4年間の普通高校を卒業し大学入学資格の試験に合格することで医学、芸術系などの一部の学部を除けば、そのまま希望の大学へ進むことができます。(その代わりに進級試験が難しく、例えばスイス連邦工科大学建築学部の場合、学年が上がる毎に学生数が急激に減っていくとよく耳にします。) そして入学資格を取得後、すぐに大学へ進学する人もいれば、これからの人生設計を考えるためのモラトリアム期間を設ける人もいます。後者の彼らの中には実際に数週間から数ヶ月間のインターンシップをすることで、候補に挙がっている仕事の内容を現場で確かめようとする人も少なくありません。 僕自身の経験から言っても、高校生の時に見聞きして得た職業の内容と、それに就くために修めるべき科目などに関する知識は、今振り返ってみればかなり乏しく、進路を悩む時期にその全てを想像することはできませんでした。大学で、例えば建築学科を選んでもそこから派生する職種は実に幅広く、(僕は高校生の時から建築一辺倒で他の職種を考えてきませんでしたが)、自分が選び学ぼうとする職業が好きか、そしてまた自分に合っているかは、実際に身を置いて働いてみないと理解することが難しいところがあります。 実は僕たちの設計事務所でも、建築学生になる前の進路を決めかねている高卒生を特別にインターン生として短い期間ながら受け入れることがあります。僕がワークショップのチーフをしていた時期にも実際に二人の生徒を受け入れ、一人を建築系の学科へ導くことができました。もう一人は迷った挙句に法学の道へ進むことに決めてしまい、もっと建築の楽しさを伝えることができていたらと残念に思っています。。。悲) またそれとは別に、社会見学ないし美術工作の授業の一環として僕たちの事務所で行なっている仕事の内容を高校生に説明することがあります。というのも僕たちの事務所のワークショップには常に7、8名のインターン生がいて年齢的にも近く、また建築設計を手作業(いわば工作)で行なっているために内容を理解、共有してもらい易いからかもしれません。 彼らに建築とは、建築家の仕事とはどういうものかを知ってもらう。もちろんそうした高校生(高卒生)と話し、共に働く際には建築学科で学ぶインターン生とは少し違った応えを用意しておかなくてはなりません。 先月には工作課題の参考にと高校生15人が事務所へ見学に来ました。今回はその際に紹介したことの一部を日本語版(笑)で振り返ります。これが果たして建築を学ぼうか迷っている高校生たちへの情報になるかはわかりませんが、建築を学び始めたばかりの人や、建築に興味を持っている異分野の人への理解の助けになればと思っています。 テーマは“建築プロジェクトを進めるにあたってモデルワークショップが担う役割とその意味について“です。 ≪方法とプロセス≫ 建築家は家畜小屋から美術館まで、いろいろな機能と規模の建物をデザイン設計し、実際に建つまでを計画します。そしてその仕事の進め方は建築家それぞれに非常に異なっています。 例えば、ある建築家はPC上で簡単な3Dモデリングを建ち上げてスタディを始めるかもしれないし、他の建築家はスケッチやドローイングから、また他の建築家は模型を作り始めることからスタートするかもしれません。共通の目的は建築を建てるという意味で同じであっても、そこへのアクセスはバラエティに富みます。 もしかしたら出来上がる建築はそのつくられ方、発展プロセスに拠っている。と言えるかもしれません。言い換えれば、そのつくられ方にこそが設計し出来上がる建築の個性を引き出し強調する術が隠されていることになります。設計ツールの選択とそれが行うことのできる範囲を知ることはとても重要で、そのような事実を踏まえて、僕たちの設計事務所ではいまのところ、建築模型を設計スタディの主な方法として利用しています。 ≪素材の選択≫ 一言に建築模型を作るといっても、いろいろな素材を用いることができます。 例えば、カードボードを用いれば真っ直ぐな線をもった形ができます。粘土を用いれば柔らかい形を比較的簡単に作ることができ、一方で真っ直ぐな形を作ることには向いていません。 つまり模型の表現可能性は素材に拠っているところが大きく、素材(ここでは模型材料)の選択が僕たちの想像を抑制することも、また同時に制限を加えることで限られたテーマに対する考えを深めるのに役立つこともあります。ただそこにあったからという安易な素材の選択には自覚的にならなければいけません。 それぞれの模型材料の特徴は、例えばカードボード(Finnpappe木質厚紙)は「1-3mm厚のバリエーションがあり、色はベージュ。テクスチュアは繊維質。表面の片側はやや光沢してもう片側は細かなメッシュ状。抽象的な木の表現として使うには適しているけれど、金属やコンクリートを表現するには素材の色とテクスチュアがあっていない。マッシブなヴォリュームを作るには適していない。」などの「色、テクスチュア、見かけと実際の重さ、作業性」などです。多くの素材の選択可能性、そして素材の特徴がある中から少しずつデザインに制限を加え、デザインを導き出していくこと。そこではいかに素材の特徴を捉え、洗練されたかたちで引き出していくか、それらをバランスよくアレンジできるかが問われます。 ≪模型のタイプ≫ 僕たちの事務所で作る模型は大きく分けると3つに分類され、それらの模型は特定の目的のために作られます。 1つ目は敷地へ訪れた印象を元に作られる(都市)敷地計画模型。都市計画、街の成り立ちを示すもので建築プロジェクトとその周辺の状況(既存の建物や道路、公園など)を示します。新しい建築ができることによって都市にどのような影響を与え、また都市からどのような影響を受けることになるかを表現します。 2つ目は素材感をできる限り排除した、カードボードでできた模型です。空間構成とそのスケール、また建築と既存の建築などからできる外部空間をスタディするためのものです。 そして3つ目は素材同士のぶつかり合いを見る、素材の組み合わせでできた模型。いわばマテリアルのコラージュです。素材そのままを用いることでその空間、建築のアトモスフィアを最も表すことのできる模型です。プロジェクトの最も一般的な概要図式を示し素材の可能性を示すことになります。 ≪設計ツールとしての役割≫ こうして上述してできた模型が必要になるのはプロジェクトを進める設計プロセスの段階です。 つまり図面がすべて出来上がった後にそれに倣って模型が作られることはほとんどない。アーキテクトがPC上で描いた図面の変更を、モデルビルダーがすぐに大きなスケールをもった模型に落とし込み空間を疑似体験し、またそこから得られる変更をアーキテクトが図面に反映し返します。それはほぼ同時に行われる、まさに阿吽の呼吸をともなったimprovisation(即興的におこなうこと)です。 そのように常に現在進行形で設計スタディをするのは、僕たちにとって模型は予測できる結果を確認するために作るものではなく、思考よりも先にあるべきものと考えているからです。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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