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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第29回 2015年6月1日

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目隠しをしてどこかに連れていかれる。まわりの音が消え、空気がひんやりとし、なにとは特定できない複雑なにおいに鼻孔が刺激されて屋内に入ったことがわかる。そこでいきなり目隠しがとられる。暗く閉ざされていた視界に、あらゆるものが同時に飛び込み、押し寄せてくる。そのときの驚きと戸惑いと静かな興奮。そこで自分がなにを思い、どんな反応を引き起こすか。この写真を見ながらそんな想像をする。

広くはない室内をたくさんの物が埋め尽くしている。ガラスケースにも、その上にも、ケースの手前にも、下のスペースにも、背後の棚にも、天井にさえも大小さまざまな物がひしめき合っている。物の配置に序列が見られない。人の視線をここに集めようという意図が働いていないのだ。だからこちらも、どこに焦点を合わせていいかわからなくなる。

しかも、これらの物がどんな意味をもつかが想像できず、用途がまったくわからないことが戸惑いを強める。もしここが八百屋であれば種類が多くても、これはトマト、あれはかぼちゃと判別できるから、圧倒はされても戸惑ったりはしないだろう。だがここではまったくアウト。即座にわかるのは秤と網で、あとは「千代川遊漁証販売所」という斜めにひっかかっているサインくらいで、これは文字だからわかるという次第である。

真ん中に人がいる。ガラスケースに両腕をついて上半身を乗り出している。無機物に埋もれている唯一の有機物。大量な物にまぎれて存在が薄くなりそうだが、そうなってはいないのは、この人物の風貌、わけても黒縁メガネのせいだろう。レンズの奥からじっと相手を見つめ、ひるんだ隙にニヤッと笑う。そんなヤワではない人柄を思わせる。簡単には動かないお地蔵さんのようでもある。

目が慣れてくると、視線に流れが生まれる。用途は依然として不明だが、形を慈しもうとする気持ちが働いてくる。どうやら丸いものに反応しやすいようだ。まず天井に下がっている白いライトを見つめる。そこから捕獲網や網なしのフレーム、その下のケースのなかに整列している円形のものへと移動する。それから秤に横移動し、その下の自転車の車輪を眺め、最後に透明な容器に詰まっているガラスケースのなかの球体に到着して停まる。

もしここに自分がいたなら、しばらく無言で眺め渡したあとに、「これは何に使うのですか」と気になるものを指さしてメガネの主人に尋ねるだろう。すると彼はやや面倒くさそうに(でもそれが照れだとわかる無邪気さを漂わせながら)子供に教えるように話してくれるはずだ。

謎だった物体の用途が分かれば、なるほどと思う。利口になった気もする。でも、そのときには最初の驚きはもう消えてしまっている。あのすべてが同時に目に飛び込み、焦点が合わずに立ち尽くした驚愕の瞬間にもどることはできない。

そこにあるものを無言でとらえ、謎を謎として提示する写真は、見るたびにいつも驚きの瞬間に引き戻す。そして、何かと別れることなしに、何かを得ることはありえないという重要な事実を囁きかけてくるのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
池本喜巳
〈近世店屋考〉より「高木釣具店」
2007年撮影(2015年プリント)
4x5モノクロで撮影
ネガをスキャンしてデジタルプリント
32.9x48.3cm
※父 八治が明治20年釣具店を始めた。店主の勉さんは京都大学を卒業後、勤め人になりたかったが、後を継いだ。因幡の国は昔から釣りが盛ん。最近は鮎も棲めない千代川になった。〈高木勉 85歳〉
2011年廃業。

■池本喜巳 Yoshimi IKEMOTO(1944-)
1944年鳥取市生まれ。67年日本写真専門学校卒業。70年鳥取市にて池本喜巳写真事務所設立。77〜96年植田正治氏の助手を務める。82〜98年日本写真家協会会員。
主な写真展(個展)に、84年「そでふれあうも」(銀座ニコンサロン)、86年「近世店屋考1985〜1986」(ポラロイドギャラリー/東京)、87年同展(ピクチャーフォトスペース/大阪、アムステルダム・ロッテルダム/オランダ、ローマ・ミラノ/イタリア)、93年「ジェームスの島」(銀座ニコンサロン)、2000年「近世店屋考」(JCIIフォトサロン/東京)、01年「写された植田正治〈天にある窓〉」(植田正治写真美術館/鳥取、JCIIフォトサロン/東京)、13年「素顔の植田正治」(ブルームギャラリー/大阪)などがあり、グループ展に00年「21世紀に残したい自然」(東京都写真美術館)、04年企画展「現代の表現 鳥取VOL.2 平久弥・池本喜巳 Painting & Photography -Presence-」(鳥取県立博物館)などがある。
主な写真集に、『そでふれあうも』(93年 G.I.P. Tokyo)、『大雲院 祈りの造形』(96年 大雲院)、『池本喜巳作品集 鳥取百景』(99年 鳥取銀行)、『池本喜巳写真集 三徳山三仏寺』(02年 新日本海新聞社)、『近世店屋考』(06年)、『そでふれあうも 2』(14年 以上合同印刷)、『因伯の肖像』(14年 今井印刷)などがある。
その他の活動に、2005年愛知万博の瀬戸会場「愛知県館」にて海上の森を撮影した作品を上映、13年NHK日曜美術館「写真する幸せ植田正治」にゲスト出演がある。 なお、「写された植田正治〈天にある窓〉」での展示作品は、日本カメラ財団(JCII)に収蔵されている。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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