2009年2月の展覧会


◆第19回瑛九展〜時を超えて

 2009年2月6日(金)〜2月28日(土)
第19回となる瑛九展では、「時を超えて」と題し、瑛九と彼の同時代の作家8名の作品を展示いたします。
瑛九、難波田龍起、村井正誠、森芳雄、松本竣介、オノサト・トシノブ、三上誠、長谷川三郎、山田光春ら昭和初期から戦中、戦後と価値観が激しく変動した時代にあって、自分たちの芸術のあり方を真撃に模索し、それをムーヴメントにまで押し上げようとした作家たちです。山田光春は、1935年瑛九らと宮崎で「ふるさと社」を結成しグループ展を開催、瑛九と生涯の親交を結び、瑛九没後は日本全国に散らばる瑛九の油彩作品を調査、私家版の油彩レゾネを作成。また「瑛九ー評伝と作品」を著わし、瑛九の顕彰に尽力しました。長谷川三郎は、瑛九が1936年満を持して印画紙作品を携え、上京した折に初めて出会い、その才能にいち早く注目し、久保貞次郎、外山卯三郎らとともにフォトデッサンと命名された印画紙作品「眠りの理由」などの発表に尽力しました。長谷川らが創立した自由美術家協会に瑛九も参加します。難波田龍起、村井正誠、森芳雄、松本竣介、オノサト・トシノブら自由美術家協会に参加した作家や、戦後、パンリアル美術協会を創立した三上誠たちは、それまでの既成画壇の権威を打破し、新たな美術を築こうとしました。これらの美術運動は離合集散を繰り返しますが、その根底には、立ち止まらずに前進しようとする熱い情熱と強い姿勢がありました。この展覧会は、同じ時代を生きた彼らの遺したものを展望し、瑛九の生きた時代を再評価しようとするものです。

瑛九(Q Ei 1911-1960 本名・杉田秀夫)
宮崎生まれ。15歳で『アトリヱ』『みづゑ』など美術雑誌に評論を執筆。36年フォトデッサン作品集『眠りの理由』を刊行。37年自由美術家協会創立に参加。既成の画壇や公募団体を批判し、51年デモクラート美術家協会を創立。靉嘔、池田満寿夫、磯辺行久、河原温、細江英公ら若い作家たちに大きな影響を与えた。油彩、フォトデッサン、版画などに挑み、独自の世界を生み出す。

難波田龍起(なんばた たつおき 1905-1997)
旭川に生まれる。23年に高村光太郎を知り生涯私淑する。早稲田大学中退、太平洋画会研究所、本郷絵画研究所に学ぶ。川島理一郎主宰の金曜会に入り、仲間と[フォルム]を結成。37年自由美術家協会の創立に参加。銅版画集『街と人』『海辺の詩』(1978、現代版画センター)を刊行。88年毎日芸術賞を受賞。96年文化功労者。

オノサト・トシノブ(1912-1986 本名・小野里利信)
長野に生まれ、群馬県桐生に移り住む。津田青楓洋画塾に学ぶ。35年黒色洋画展を結成。38年に自由美術家協会会員となり、56年退会、以後無所属。41年に一兵卒として出征、戦後のシベリア抑留を経て48年に帰国後は桐生のアトリエでひたすら円を描き続ける。64年、66年にはベニス・ビエンナーレに出品。

三上誠(みかみ まこと 1919-1972 旧名・嶋田誠)
大阪に生まれ、福井で育つ。44年京都市立絵画専門学校卒業。48年星野真吾、八木一夫、鈴木治らと[パンリアル]を結成。翌年、星野ら同志11名で既成の画壇と訣別し、日本画の前衛グループ[パンリアル美術協会]を結成。コラージュやフロッタージュの技法を日本画にとりこみ、段ボールや木、印刷物を使い幾何学的形態のなかに独自の宇宙論的な作品を制作。

森芳雄(もり よしお 1908-1997)
東京に生まれる。慶応義塾普通部を卒業後、本郷絵画研究所、協会研究所に学ぶ。31〜34年にパリに遊学し、ヨーロッパの芸術に触れる。36年独立美術協会展でD氏賞受賞、翌年同協会の会友となる(39年退会)。自由美術協会会員となり、64年の退会後、主体美術協会の結成に参加。51〜81年、武蔵野美術学校と同大学で後進の指導にあたる。

村井正誠(むらい まさなり 1905-1999)
岐阜に生まれる。文化学院大学部美術科で有島生馬、石井柏亭に師事。渡仏し、ヨーロッパ各地を旅しながら制作、キリスト教美術やモンドリアンの幾何学抽象など前衛美術に印象を受け、32年帰国。友人たちと画廊で「新時代洋画展」を毎月開く。山口薫、矢橋六郎、長谷川三郎、瑛九、浜口陽三など参加。自由美術家協会を創立するが戦後に離れ、モダンアート協会創立。

松本竣介(まつもと しゅんすけ 1912-1948 旧姓・佐藤)
東京に生まれ、岩手で過ごす。聴力を失い、画家を志す。上京し、太平洋画会研究所選科に通う。結婚して松本姓となり、アトリエを綜合工房と名付け、妻・禎子と月刊誌『雑記帳』を創刊。43年に靉光や麻生三郎、寺田政明ら同志8名で新人画会を結成(第3回展まで開催)。47年新人画会同人と自由美術家協会に参加。

長谷川三郎(はせがわ さぶろう 1906-1957)
山口県に生まれ、ほどなくして父の転勤に伴い神戸に移住。高校時代に画家になることを志し、1929年東京帝国大学文学部美学美術史科を卒業。同年、渡米・滞欧しアトリエを借りて制作活動をする。父の死により帰国した後は、滞欧時の作品による個展や作品を発表し1934年「新時代洋画展」1937年「自由美術家協会」の創立に参加。日本に抽象芸術を紹介し著書『アブストラクト・アート』などを出版するなど評論・思想家としても活躍。

山田光春(やまだ こうしゅん 1912-1981)
愛知県に生まれる。1934年東京美術学校図画師範科を卒業。1937年に日本で最初の抽象美術の団体である自由美術家協会が長谷川三郎、瑛九らによって結成され、その第1回展にガラス絵を出品。瑛九に影響を受けたガラス絵は、新しい抽象表現の技法として高く評価される。1946年愛知県美術教育協会を創立し、1952年には創造美育協会の創立に参加して、愛知県の美術教育の発展に貢献。また、美術研究者として、1966年には友人であり前衛美術家である瑛九の芸術を研究するために、「瑛九の会」を結成。

<第19回瑛九展〜時を超えて>出品リスト          2009.2.6〜2.28

作品は、すべて販売しております。価格については気軽にお尋ねください。

No. Image artist Title Date Technique Measurement
(cm)
Ed. Ed. Sign
1 瑛九 黄色い点 1957年 油彩 45.8x38.0
(F8)
   
2 瑛九 作品−B 1935年 油彩 29.0x24.0
(F3)
     
3 瑛九 肖像 1950年 フォトデッサン 27.5x22.4    
4 瑛九 作品   フォトデッサン 29.5x23.3      
5 瑛九 「真昼の夢」より
「散歩」
1951年 フォトデッサン
作品集
(9点組)
11.0x13.5    100  
「真昼の夢」より
「回転盤」
10.7x14.0
「真昼の夢」より
「夜の子供たち」
10.8x14.0
「真昼の夢」より
「かえろ、かえろ」
11.0x13.6
「真昼の夢」より
「会話」
11.0x14.0
「真昼の夢」より
「秋のソナタ」
14.0x11.0
「真昼の夢」より
「食卓」
11.0x13.5
「真昼の夢」より
「眠りの中の白い馬」
11.2x14.1
「真昼の夢」より
「丘の歴史」
11.2x13.8
6 瑛九 作品   ペン・紙 28.0x23.5
(紙)
    スタンプ
7 松本竣介 婦人像 1942年頃 鉛筆・紙 26.6x21.7
(紙)
     
8 松本竣介 人物 1947年頃 ペン・紙 35.0x21.5      
9 長谷川三郎 作品 1950年代 墨・和紙 69.5x69.5      
10 難波田龍起 彫刻のある静物 1949年 油彩 51.6x64.0
(F15)
   
11 難波田龍起 人と自然の時間A 1989年 水彩・ペン 36.0x53.0    
12 三上誠 作品 1963年 紙・ダンボール・
顔料・木
68.5x40.5     作家
シール
13 山田光春 作品 1951年 ガラス絵 45x34.7    
14 山田光春 1950年代 ガラス絵 21.0x14.0    
15 山田光春 作品   ペン・紙 26.0x18.0     
16 村井正誠 1990年 水彩 31.5x24.0    
17 村井正誠 1955年 リトグラフ 42.0x27.0   30
18 森芳雄 二人立ち 1979年 紙・素描 45.0x37.5
(紙)
 
19 森芳雄 静物   リトグラフ 38.0x53.0   80
20 オノサト・トシノブ Silk-10 1967年 シルクスクリーン 50.0x50.0   150
21 オノサト・トシノブ Silk-11 1967年 シルクスクリーン 40.0x40.0   150
作品は、すべて販売しております。価格については気軽にお尋ねください。

展示風景



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